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市民地質学者が地球に関連した話題を提供するブログです.
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http://blog.tatsuru.com/2016/03/13_1552.php

常に変化を求め,拡大成長していく資本主義に世界が疲れている.
この辺で一旦休む必要があるのではないかという内田 樹による論考.

政治,経済に限らず科学技術においても同じ状況にあると私も思う.
一旦休んで,体制を整えないと世界はその存続が危ういかもしれない.

少し前に読んだ広井良典「ポスト資本主義−科学・人間・社会の未来−」(岩波新書)の中の以下の記述を記憶に留めておきたい.
『二一世紀は,なお限り無い「拡大・成長」を志向するベクトルと,成熟そして定常化を志向するベクトルとの,深いレベルでの対立ないし,”せめぎ合い”の時代となるだろう』(244p.)

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高橋源一郎の朝日新聞の記事『〈SMAPの謝罪〉社会に潜む暗黙のルール』を読んだ。

社会の持っている暗黙のルールに、たとえ正義感からでも、反した場合は社会から干されてしまうという記事。
この構図は、日本の社会のいたるところにあると思う。
多くの場合、人々はそれが怖くてものも言わなくなったり、そのルールを「忖度」して発言や活動を停止してしまうのだろう。
ことを進めようとする場合、これが致命的になることが多いような気がしている。

この記事の中で紹介されていた、藤原新也が雑誌「SWITCH」で書いた福田和香子へのインタビュー内容に注目したい。

 『「周りの友達と上手(うま)く馴染(なじ)むこともできないし、無理して合わせるのも変だよなと感じて」いた福田に、事件が起きる。「中学の家庭科の先生が『君が代』不起立をやって」左遷されたのである。その処分の後、校門の前に立ってひとりで抗議をしていた先生に「頑張ってね、応援してるよ」と声をかけられなかった福田は、その悔いを残したまま、やがて国会前のデモに行くようになる。けれども、そんな彼女の周囲にいた、以前からの友人たちは、離れていった。
 それもまた、「謝罪」のために立ち尽くすアイドルグループのように、わたしたちにとって馴染み深い風景なのかもしれない。どちらも、この社会が隠し持っている暗黙のルールに違反したから起こったことなのだ。 
 自分の「正義」に疑いを抱きながら、それでも、「危ういバランス感覚」で活動をつづける自分について、福田はこういっている。
「下手に正義を掲げて突っ走ってしまったら、すごく偏った人間になってしまうから。半分靴紐(くつひも)がほどけていて、全力では走れなくてダラダラ歩いているぐらいのほうがいいのかなとも思う」

最後の部分が良い。

http://www.asahi.com/articles/ASJ1V5QRDJ1VULZU00K.html?ref=nmail

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益川敏英,2015, 科学者は戦争で何をしたか.集英社新書, 183pp.(ISBN978-4-08-720799-6)
[1940生75歳]★★★★★

  今,大学は大きく変わろうとしている.18歳人口の減少,大学の増加にともなう学生の学力が低下などに対応して大学が変わらなければならないという状況は確かにある.しかし,今進んでいる改革は,もっと本質的な大学や学問のあり方にかかわる重要かつ危険なものと思われる.

 本書では,マンハッタン計画による原発の開発やジェーソン機関でのベトナム戦争への科学者の積極的な協力などについて紹介され,科学や科学者が潤沢な研究費やポジションを求めて陥る危険な側面について論じられている.ノーベル賞級の優秀な科学者ですら,それを免れないという.

 近年,科学の世界では,「選択と集中」のもとに資金を特定の儲かりそうな分野にピンポイントで投入していく傾向が強くなっている.日本もその例外ではない.そのためSTAP細胞問題などの不正行為が続出する.この延長線上に軍学共同研究があり,日本でもその動きが出ている.こんな中で阿倍政権の暴走が起こっており,日本が再び戦争に巻き込まれていく危険性は大きい.大学も危険な方向に進んでいく可能性は大きくなっているという.

 本書の最終結論は,今こそ科学者は「科学者である前に人間たれ」の精神に戻らなければならないということである.言い換えれば,科学者も生活者としての目線を忘れてはならないということになる.

 政治の世界や大学で現在起こりつつある危険な状況に多くの人々は気づいている.一方,周りの空気を読んで発言を控える人が多いのも事実である.言うべきときに言うべきことをいわないでぼけっとしていると,取り返しのつかないことになるぞというのも著者の主張であろう.

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ある知人から昔言われたこと.
「年をとってくると,ああはなりたくないと思っていたような人と同じになってしまいそうで恐ろしい!」.
周りを見渡すと,そんな人が沢山いた.
困ったものだと他人事のように思っていた.

でも,自分が年をとってみると,自分自身が同じ路をたどっていることに気づき,唖然とすることが多い.
よほど強い意志や信念がないと,人間はその時々で都合のよいように変わってしまう.
若い時よりも,あらゆる場面で用心しないとそうなってしまう.

ある方のfacebookの記事への私のコメントを再録する.
 たまたま母校松本深志高校で昔使われていた政治経済の補助教材(昭和52年度)を見ました.そこにこんなことが書いてありました.『知識人の類型は,A型:意識的,無意識的に体制を維持,指導する役割を果たす者.B型:体制の現状に批判的で,いろいろな不満を抱きながらも結局は現状に妥協する者.C型:反体制運動の側に立つ者,この中にはA型を目指したのが挫折してC型になった者もいる.反権力組織の中にも「権力志向型」の人間がいる.変革期におけるC型は,改革達成時にはA型に転化する.』高校生に対して,こんな授業をしていた教師がいたんです.

もっと些細なことでも,自分が妥協し堕落していく場面がいたるところにあることを日々感じている.

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 広島,長崎の原爆に関連してテレビでの報道が多くなされている.そんな中で気になることがある.それは,最近,学校において被爆者体験談を聞く機会が急速に減っているという報道である.被爆者が高齢化しているというのが一つの理由だが,これは理解できる.しかし,もう一つの理由が気になるのである.曰く,「敗戦から長い年月がたち今の子ども達は戦争については実感がなくなっている.したがって,そのような子ども達に原爆の悲惨な事実をそのまま伝えても良いのだろうか?子どもにとってトラウマになってしまうのではないか?子ども達には残酷な話を聞かせたくない」.こんな意見を教育現場の教師が言っているのである.

 正直とんでもないことを言っていると感じた.人間は戦争という場では,どんな酷いことをしでかすのか.そのような人間の暗部を,子どもの時から知るべきだと思う.真実を知って,それをきちんと理解し,自分の生き方に活かせるような強い子どもを育てるのが教師ではないのかと思う.教師自体が弱体化しているのだろうか?被爆体験者の話はいろいろな形で子ども達につたえなければならない.そうでないと,将来戦争をしてしまう人間を作ってしまうのではないかと心配である.

 戦後70年,政治,教育,科学,技術などさまざまな面で,倫理的な劣化が起こっていると思うことが多い.気持ちの悪い時代になりつつあると感じる.

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☆茨城大学理学部:教授
☆茨城県北ジオパーク推進協議会・運営委員会:委員長
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